tiadです。
tiadの中で最近中心になっているキーワード、エモいについて今日はまとめます。
エモいってなに?って人はみてみてね。
エモいは感動
エモい=エモーショナル、感情を揺さぶられるようなことみたいな感じで定義されてるみたいだけど、シンプルに表現すると”感動する”をもっとカジュアルに表現した感じだと思います。そもそも感情が揺れ動くのが感動だしね。エモーショナルの語源と合わせると大筋間違っていないかなと思います。
エモいは基本的に心地良い
単におもしろいものを見てもエモさを感じることがあるし、でもどこか寂しさを感じる要素も含みつつも、悲しいで収束する感情ではなくて、寂しさも含めて、そこに感動というイベントが発火した時に発する言葉だなと。
加えて素直、というのもエモい。
素直な人、心情を吐露する人を見たときに、すごくエモいなと思う。
エモいの度合いは事象の抽象度に規程される
そしてエモいというのは抽象的。というか抽象的であればあるほど良い。なぜなら受ける側のエモコンバーターに触れる領域はなるべく曖昧で、文脈をそれぞれが解釈できるものであるほうが、よりエモい。
だから宇多田ヒカルの歌はエモい。
そして、エモいとはより普遍的であればあるほどよい。日常に常在するユビキタスな部分を切り取れば多くの人のエモコンバーターに弾かれて広く、深いエモいを引き起こすことができる。素直な人がエモいって思うのも、きっと自分自身が感じたことのある感情を表出されることで自身の経験になぞらえたシグナル伝達によってエモが発火するんだと思う。
エモコンバーター
何かしらの事象が発生して、それを捉える側の人間に、その事象に対する懐かしい/なじみがある/関心があるとそこに湧き上がる感情はエモいになる。
エモいには、多分に懐かしいという感情が含まれる。なぜなら、夕焼けが滲む家路のような景色はエモい。誰がなんと言おうとエモい。一方、全く異なる風景の、TikTokで高校生が日常の1ページを切り取っただけのようなインスタントな動画も、めちゃくちゃエモい。そこに共通するのは、懐かしさ、すなわちノスタルジー。だからこそ、エモいをより多く感じるためには多くの経験値が必要。
音楽や映画はエモい
調べるとエモいという言葉は既に音楽ジャンルの中には存在していたみたい。
そりゃそうだ、なぜなら音楽そのものが基本的にエモいから。加藤ミリヤの歌があんなに売れるのはエモいから、西野カナの歌があんなに売れるのはエモいから、会いに行けるアイドルがあんなに人気なのも、そこに介在するストーリーに自分も加わったとき、舞台で繰り広げられるドラマに自分も身を任せることが出来て、この上ないエモさを感じることが出来るから。
んでもって恋愛映画とか、恋愛を歌った音楽もエモい。これには見る側の経験値も変動要素に入ると思うけど、例えば高齢の人が昔の恋愛を思い出してみるときに感じるあのなんとも言えない懐かしさ、すなわちノスタルジー、いわばエモい。
それとは別のエモさもある。
例えば、下記の動画、大蛇丸先生の真似をしつつも、美輪明宏さんの声真似を入れた動画。めちゃくちゃエモい。
大蛇丸モノマネクッキングの方を丸パクリして、美輪明宏として鯖の味噌煮缶を使ったお手軽鯖カレーを作りました。 pic.twitter.com/qIptFVbyMK
— 鮫島 (@5AME21MA) November 18, 2019
これは、大蛇丸先生の動画を知っているというベースがあって、そこを真似してきたか!という驚きと、単にパクるのではなくて、めっちゃ似てる声真似という新しい要素を載せて、且つ「美輪だけに」なんていう掛詞まで入ってる。エモい。美輪だけに、の意味を知ったとき、tiadの中のエモが発火した。
エモいとはいま現代人々に足りてないもの
きっと昔の貴族たちも暇過ぎて始めたはず。それが短歌であり、おそらく現代では音楽としてリモデリングされたのではないかと思う。
昔は文字+匂い、今は文字+音、プロモーションビデオだと文字+音+映像まで入る。
エモい。
だってこれらは全て、一般的な栄養学とか生理学で考えられてるような生命を維持するためのものではないよね。
だって短歌がなくたって、歌を聞かなくたって生物的には死なないはず。
でもエヴァでカヲルくんも言ってたやん?
「歌はいいねぇ。リリンの生み出した最高の文化だ」って。そういうこと。だからカヲルくんもエモい。エモくてしょうがない。
んでもって世の中が渇望し始めるのは、このエモさ、だと思うんだよね。そこには効率よく、とか高い機能性とかそういうことじゃない、人間的な感情の吐露でもあるエモいってキーワードが中心にある。
だからノスタルジスターという仕事が未来の仕事としてあるけれども、そこに展開される建築物、的な意味だけでなく、無形物質のお話とか思い出とか映像とか音とか、全てを含めてエモい、をつくるトータルノスタルジスター(トータルコーディネーターみたいな笑)みたいな表現の方がいいかも知れない。
落合先生も言っている。
エモいことをやれと。
そして現代はみんながエモいことを提供できる時代になっている。
ありとあらゆるツールが揃いつつある。
例えばおばあちゃんが、懸賞で当たった10万円するマッサージ機よりも、孫が一生懸命に書いたお手紙とか絵なんかの方が嬉しいのも、そこにエモさがあるから。自分の孫であるというこの上ないストーリーを感じることができる孫からもらう手紙はそりゃエモい。
同窓会を拓いて、旧友と昔話をするのも、そこにエモさがあるから。
ちょっとユーモアがあったりする張り紙なんかも、エモさを感じることがあるかもしれない。自分のフィルターの中に源泉から湧き出た感情をエモいに変換するスパイスさえあれば。
自動車とか、ホテルの広告で車自体の機能性を精一杯アピールするよりも、これがあれば、家族と楽しい旅行ができるよ、ってベネフィットを伝えるのも、家族というほとんどの人が大切に感じる普遍的な価値観とリンクするエモさと密接に関わっている要素を掛け合わせたいから。
エモい、には単にウケる、おもしろいっていう感情要素と、懐かしいっていう感情要素、愛情と共にちょっと感傷的なセンチメンタル要素、驚きと感動を含んだおっ!的な要素、いろんなエモいがあるけど、それらの源泉の感情が、個々人の中で湧き上がる時にそれぞれの経験値と言う名の思い出フィルターを通して味わうのがエモいってイベントなんだろうなって。
まとめ
いかがでしたか?
今日はいつも以上にとりとめのない感じになっちゃったけど、エモいは本当にこれから意識すべきキーワードだと思います。
みなさんにもエモいが訪れますように。
tiadでした〜。